死を覚悟する日々

 私の師匠が自ら死を選び、数ヶ月たちました。その後、世は疫病で、特に興味のあるニュースもなく、私の住む東京の街も、どこか死にたえているようにみえます。地元の商店街から都心の繁華街まで、人影が疎らです。

 さて、かくいう私もまた、一週間ほど寝込んでおりました。最後の記憶は、家の階段で嘔吐し、そのまま勉強机の下に倒れ込み、また嘔吐し…しばらく寝ては目が覚め、しかし起き上がれずまた寝てしまう、そういう日々を過ごしております。目が覚めている間に、何かやったかもしれませんが、よく思い出せません。食事をとったかもしれないし、確かもう少し元気な時に、郵便局と医者にも行ったようにも思います。

 最近は寝る前にはいつも、自分が次に寝たらそのまま目覚めないのではないかと覚悟し、譜面の原稿を託す為に各方面に連絡してまわっていました。そして今日も、小康状態のまま、報告のブログを書いています。

 目が覚めているまどろみの時間、芥川龍之介の『西方の人』、そして原口統三の『二十歳のエチュード』といったテキストを再読していました。また、高橋悠治さんから頂いたメールで勧められた、禅、そして中国やインドの諸思想を少し学んでいました。それも、カント、スピノザ、ニーチェ、ヘーゲル、ジェインズを思い出しながら。「絶対」や「永遠」といった概念の包括する反転したニヒリズムの意匠と、人間という存在にかせられた呪い、分裂と差異、そして質を量に還元しそれによってすべてを距離で図り、優劣をつけ、そこから攻撃性を外にも内にも発揮する人間の宿命に思いをはせながらです。

 死を選んだテオ先生を、私は皮肉にもどこかで祝福しています。おめでとう、おめでとう、おめでとう…これは冒涜なのでしょうか。それとも、そうでない考えが死の恐怖に囚われた生者の勝手な解釈なのでしょうか。わかりません。そしてこの、わからない、と言える事はとても大切に思います。答えの出た問いにはもう先がなく、それは閉じた観念にしかならないからです。

 今の私にとって、結論は何か、「落ち」は何か、そういう問いを持つ事は非常に危険に思えます。ここに言語の持つ限界を嫌という程、私は知りました。

 哲学者は言語によって作品を書くことは出来るだろうが、しかしそれは人間の触れているごく一部でしかないでしょう。ピアニストが全ての指の動きを意識してピアノを弾いているのではないのと同様に、また、私が歩く時、意識は脚や手の動きでなく、目的地のコンビニで何を買うか、という思惟に向いているのと同様に、無意識に人間が触れている領域は言語によって容易に隠蔽、フィルタリングされてしまいます。

 しかし人間の触れている領域はあまりに広大で、そして未知です。それを知って、私は死を恐れず、とても心穏やかに過ごしています。古代ギリシャの哲学者ソクラテスもまた、死を恐れなかったといいます。しかし、そのソクラテスも言語の人でした。それが間違いだという事はないでしょう。むしろ、正偽を問う姿勢もまた数ある無限の思惟のバラエティーの中の一つかもしれません。黒と白は双方の差異に依存しますが、その背景にあるのは灰色のグラデーションなのです。

 ダルムシュタットの支配者、ハヤ・チェルノウィンはその「すべての灰色」を描き出したいと言っていました。同じアメリカ人のスティーブン・タカスギが二項対立でしか世界を観ていなかったのと比較すると、面白い違いです。

 さて、死地をくぐり抜け、生き残ってしまった私に必要なのは、つまるところ資本です。世界に蔓延した疫病で、演奏会も、委嘱もなくなりました。私が求めるのは、何よりも、明日の飯の種です。この文章を読んだ誰か、どうか私を助けてくださいませんでしょうか?

 いまもマルクスの亡霊が、本当に「全て」は貨幣になると囁きます。他者の善意、私の心からの笑顔や、感動さえも、全ては商品になってしまう。酷い呪いです。資本は全てを交換価値に還元してしまう大きな怪物でしかないのでしょうか。そんな資本主義的生産関係は今や世界を覆っています。私はそんなゲームに魂まで売り渡すつもりはありませんが、しかし、医者に行き、薬を買い、大学院に学費を収めなくてはならず、そして…私は保証人として家族を人質にとられている事もまた事実です。

 自死した先生は、この呪いから死という形で逃れたのかもしれません。私は祝福する気持ちがどうしても抑えられないみたいです。全ての死者が平穏なる事を、心より願っています。

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